大判例

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京都地方裁判所 昭和39年(レ)17号 判決 1966年1月26日

控訴人

西村次夫

右訴訟代理人

種谷東洋

被控訴人

井上コマ

右訴訟代理人

鈴木権太郎

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張、証拠の提出、援用、認否は、以下に訂正補充変更するほか、原判決事実記載と同一であるから、ここにこれを引用する。

原判決二枚目表六行目末尾に、「すなわち、被控訴人と他の相続人等が共同相続した直後に、被控訴人以外の相続人等は、本件家屋の賃借人の地位から脱退し、被控訴人が単独で賃貸人となつた。」を加え、同八行目の「増築」を「改築」、「結門」を「結問」と各訂正し、三枚目表冒頭から「賃借人となつたこと」までを削り、「被控訴人主張のとおり、被控訴人が単独で賃貸人となつたこと」を加え、同裏二行目の「東南側」を「西南側」と訂正し、同七行目の「東側」を「西側」と訂正し、四枚目表六行目の「増築」を「改築」と訂正し、同七行目の「西北側」を「東北側」と訂正する。

証拠<省略>

理由

一、本件家屋は、昭和二八年二月、被控訴人の亡夫井上芳三郎が、被控訴人に賃貸したものであるところ、右芳三郎死亡により、被控訴人と他の相続人等が共同相続した直後に、被控訴人以外の相続人等は、本件家屋の賃貸人の地位から脱退し、被控訴人が単独で賃貸人となつたことは、当事者間に争いがない。

二、したがつて、前記芳三郎、控訴人間の賃貸借契約の内容も、そのまま被控訴人、控訴人間の本件契約の内容とされたものと解せられるところ、成立に争いない甲第一号証によれば、右賃貸借契約において、被控訴人主張のような無断構造変更等禁止の特約がなされていることが認められる。

三、証拠<省略>を総合すると、つぎの事実が認められる。

(一)  控訴人は、昭和三八年三月、被控訴人に無断で、本件家屋の裏側西南隅(四畳半の室の南側の縁の南)に、高さ約二、二五メートル、約〇、〇八メートル角の柱二本を立て、牛乳箱の上に床板を張り、その南側と西側は、内側をベニヤ板、外側をトタン浪板をもつて囲い(北側は四畳半の室に接続、東側は全く囲いがない。)屋根は本件家屋の軒下よりビニールの浪板を張り出した、奥行約一、三一メートル、幅約二、〇一メートルの物置(素人仕事の仮建築)を設置したこと。

(二)  係争物置は、本件家屋南側軒先よりの激しい雨漏り(控訴人は、昭和三六年一〇月、被控訴人が修繕をしなかつため、大工に依頼して、本件家屋表側の柱二本を中途から切つて根つぎをし、粗壁を白壁に塗り替える等の修繕をしたことがある。)と、南西側隣家から、行水の湯を沸す際流れ込む煙(煙は、控訴人の営む印判彫刻の仕事の妨害となる。)を防ぐため(したがつて、東側は全く囲いがない。)および控訴人の娘の嫁入道具を一時納めておくために、設置されたものであること。

(三)  係争物置の構造、規模は(一)のとおりであるので、その設置は、本件家屋の構造を変更することなく、家屋自体の保存に悪影響を及ぼすものではなく、その原状回復も容易なものであり、被控訴人に対し、課税上の負担その他新たな経済的損失を及ぼすものでなく、被控訴人も、係争物置の設置自体については、さして重大視していなかつたこと。

(四)控訴人は、昭和三〇年四月頃、前賃借人が本件家屋の表東北隅に軒先からトタン板のかけ出しをしておいたのを、屋根をやや広くし、柱を取替えなどして、トタン葺約一坪の物置としたところ、当時の賃貸人井上芳三郎がこれを理由に控訴人に賃料増額を要求した結果、「建築、税関係の法規上の責任は、一切控訴人が持つこと。家屋に対する固定資産税が物置のため増額となつた時は、増額分のみ、確実な証拠によつて、控訴人が負担すること。控訴人が都合により転宅の場合は、控訴人が物置を取払うこと。」等を記載した誓約書を、控訴人が井上芳三郎に差入れたが、その後物置のために固定資産税が増額されなかつたこと。

四、家屋の賃貸借において、家屋の増改築、構造の変更等をなすことを禁止し、これに違反するときは直ちに賃貸借契約を解除しうる旨の特約がある場合に、賃借人が無断増築したときでも、増築の構造と規模、賃借人の増築事情、増築の賃貸人に与える結果等より考えて、賃貸人賃借人相互の信頼関係の破壊にあたると認めるに足りない特段の事情があるときは、右無断増築を理由とする賃貸借の解除は信義則に反し許されないものと解すべきであり、本件の場合、上記認定の本件増築の構造と規模、賃借人の増築事情、増築の賃貸人に与える結果等より考えて、信頼関係の破壊にあたると認めるに足りない特段の事情があると解するのが相当である。

そして、前記三の(四)の事実によつて、右結論が左右されるものではない。

五、したがつて、被控訴人のなした本件賃貸借契約解除の意思表示は、無効であつて、被控訴人の請求は、理由がなく、これを棄却すべきものである。

よつて、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は、失当であるから、これを取消し、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。(小西勝 石田恒良 福島裕)

【参考】 原審理由

本件家屋がもと亡井上芳三郎の所有であつて、同人がこれを昭和二十八年二月頃被告に賃貸したところ、芳三郎死亡後原告が賃貸人となつたことは、当事者間に争のない事実である。そして成立に争のない甲第一号証によると、井上芳三郎と被告間の本件家屋の賃貸借契約においては、原告主張のような各条項のあることは明白であり、かつ証人井上照子の証言によると、原告は右芳三郎の妻であつて、昭和三十二年五月二日芳三郎の死亡後、本件家屋は相続の結果、原告と芳三郎、原告間の五名の共有となつたものであるが、原告がその代表者のような形で賃貸人となつたことを認めることができるから、かような関係と弁論の全趣旨から考えて、前示芳三郎、被告間の契約の内容は、そのまま、原被告間の本件賃貸借契約の内容とされたものというべきである。

よつて被告は果して右契約(第四条)に違反したかどうかを検討する。

被告が昭和三十四年四月頃、本件家屋の表東北隅(西北隅というのは被告の誤と認める)にトタン葺約一坪の物置を作つたことは被告の認めるところであつて、成立に争のない甲第四号証、証人井上照子、高田鉄次郎の各証言と被告本人尋問の結果、検証の結果および弁論の全趣旨を総合すると、被告は本件家屋の前賃借人が同所に軒先からトタン板のかけ出しをしておいたのを、屋根をやや広くし、柱を取替えなどして、前示物置としたところ、当時の賃貸人井上芳三郎から詰問された結果、転居等の場合には、被告においてこれを取除くこと、建築、税関係の法規上の責任は、一切被告がもつこと、今後はかようなことをしないことなどを誓約して、芳三郎の諒承を得たものなること、しかるに被告はその後昭和三十八年三月頃さらに、原告に無断で、本件家屋の裏、西南隅(被告の東南部分というは誤と認む)において、高さ約二、二五メートル直径約〇、〇八五メートルの柱二本を立て、木箱の上に床板を張り、その南側と西側はベニヤ板をもつて囲い、屋根は本件家屋の軒下よりビニールの浪板を張出した、奥行約一、三一メートル、巾約二、〇一メートルの物置を設置したものなることを認定するに十分である。

被告は右西南隅の物置は、一種のかけ出しであつて、取外し自由であり、いわゆる建増でも構造の変更でもないから、契約違反にならないというが、前示契約第四条は家屋の構造の変更はもちろん、その他造作物等の修繕、改造等一切の変更、造作を広く禁止している趣旨からみて、前段認定の物置の設置もこの禁止にあたるものといわざるを得ない。

また被告は右物置設置は、原告が賃貸人の修繕義務を尽さず、ために本件家屋の軒先よりの雨もりが甚しく、かつ隣家の煙を防ぐためというが、検証の結果によると、仮りに軒先からの雨もりが甚しいとしても、そのためには、本件家屋の軒先の屋根裏側にビニール浪板を張りつけることをもつて足り、これがために前示のような物置を設置する必要のないことは明らかであつて、隣家よりの煙云々のごときは右物置の設置自体を契約違反でないとする根拠とはならない。さらに被告は、右物置の設置が契約違反なりとするも、かかる程度のことを取上げて本件賃貸借契約を解除するのは、権利の乱用であると主張する。

しかし被告は前段認定のように、すでに本件家屋の表、東北隅の物置を改造したとき、当時の賃貸人井上芳三郎より契約違反なりとして、詰問され、今後かかる行為に及ばないことを誓つて、一応の了解を得たものであり、原告は右芳三郎の相続人の一人として、共同相続人らの代表者の形において、賃貸人となつたもので、いわば実質的には、芳三郎の本件家屋の賃貸人たる地位を承継したものというべきであるから、右芳三郎賃貸時代のいきさつを考慮に入れる場合には、重ねて被告が本件家屋の西南隅に契約に反して前示物置を設置したことを原因として、本件賃貸借契約を解除することは、その余の被告主張事実が真実なりとするも、これをもつて権利の乱用、信義誠実に反するものとするに足りないというべきである。

そして、原告が前示条項第八条により昭和三十八年四月九日被告に対し、本件賃貸借契約を解除したことは、被告の認めるところであるから、被告は原告に対し、本件家屋(建増部分を含まない)を明渡す義務がある。(大野美稲)

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